城と館ー室野源太左衛門城館調査録ー

中世山城や古建築など、巡り歩いた情報を発信します。当面の間、過去の訪問先の情報が主になりますが、近い年月日の情報も随時発表していきます。

2021-05-01から1ヶ月間の記事一覧

上田組丁から四ツ家惣門・遠曲輪堀跡

盛岡城下町は、城を中心に、三重の堀が構えられて、御城内(ごじょうない:内曲輪)、外曲輪(そとくるわ)、遠曲輪(とおぐるわ)が、梯郭式(ていかくしき=城を要とした扇形の縄張り)に配置されておりました。 奥州街道は、南の仙北丁から北上川を渡り、…

上ノ国勝山館

渡島半島日本海側の上ノ国勝山館跡(国指定史跡)です。ここは松前氏の祖、武田信広が15世紀後半に築城した山城で、16世紀末に城の役割を終えました。上ノ国町教育委員会の継続的発掘調査により、その全体像が明らかになりました。発掘調査では掘立柱建物跡…

三ツ石神社ー鬼の手形ー

岩手県盛岡市名須川町の、曹洞宗東顕寺(とうけんじ)の裏手にある神社で、古くから「三ツ石の神様」として、あがめられています。 三ツ石神社の佇まい 背景に東顕寺の庫裏や本堂、開山堂が見え隠れします。 三ツ石神社・東顕寺付近図 境内の三ツ石 説明板 …

世田谷観音の阿弥陀堂

旧二条城から移されたといわれている楼閣です。 新型コロナが蔓延する前に、東京に行く機会があり、立ち寄りました。 世田谷観音の阿弥陀堂 三階の楼閣です 二条城のどこにあったものなのでしょうか。 裏側からみたところ 二条城のどこにあった建物なのかわ…

根城:岩手県宮古市根城

岩手県宮古市の、閉伊川の南岸(右岸)にある山城。閉伊地方中世史研究の先駆者、田村忠博氏(故人)は、平安末期から続く閉伊氏が、南北朝期に築いた山城として、著作『古城物語ー宮古地方の中世史ー』で紹介しています。 根城(北東側:閉伊川の堤防から)…

高松の池

盛岡市の高松一丁目にある、高松の池は、市民の行楽地です。桜の名所100選にもなっている公園ですが、去年と今年は、桜は開花しましたが、桜まつりは中止されました。残念でした。 高松の池中堤 江戸時代の初め、盛岡南部氏により、盛岡城下建設が行われまし…

大館ー中世滴石の詰城かー

■ 大館の位置 岩手県岩手郡雫石町山津田にある大形の山城。館の主は不明ですが、位置と規模からみて、雫石城(滴石城)と関係する山城と推定されます。 大館(南西から) 大館(南東から) 大館(東から) 北側(右側)の山から尾根が伸び、先端が高くなった…

怪しい光—東京都青梅市御嶽山ー

写真には、時に、意外なものが写りこむことがあります。 2012年の12月15日、東京都青梅市の御嶽山に参拝しました。この日、山は曇り空で、木々の葉もだいぶ落ちていましたが、多くの参拝客でにぎわっていました。御岳山は標高929mの山で、山頂の御嶽神社に…

玉山館ー河村氏系玉山氏の居城ー

積雪期の玉山館(西から) 右側が主郭の大館、左側は小館、大館と小館の間は大きな堀切 盛岡市玉山城内にある中世城館で、室町時代から戦国末期まで、この地域の村落領主、河村氏系の玉山氏の居城でした。現在は大半が農地で、夏場でも遺構が見やすい城です…

小屋崎館

盛岡市玉山の北部、寺林を北上し、岩手町川口駅の手前、国道4号線が大きくS字カーブしながら、鉄道を越える所(鉄道ファンが列車の写真を撮っていることがある)から、正面左手に小屋崎館(こやさきだて)が見える。この館(たて)は、北上川右岸に接し、…

大釜館と八幡館

岩手県滝沢市の大釜にある城館。JR田沢湖線・秋田新幹線の大釜駅(※新幹線はとまりません)から徒歩15分ほどのところに東林寺という寺があり、その周囲が大釜館跡です。戦国時代末期には、和賀氏の支族大釜氏が居住していました。 東方から大釜と八幡館山…

蝶ヶ森館(経ヶ森:盛岡市門真立)

5月2日の廻館考で述べた、 盛岡市門(かど)の真立(まだて)にある蝶ヶ森館(ちょうがもりだて)。 江戸時代の文献や、大日本地名辞書(吉田東伍1906)には、経ヶ森と記されており、蝶ヶ森と呼ばれるようになったのは、さほど古いことではないらしい。山頂…

廻館考

私のフィールドに、時折、マタテ・マワッタチ・マッタヅなどの地名がある。漢字にすれば、真館・間館・廻館・真立などと標記される。多くの場合、その場所か近傍に、山城が存在する。 盛岡市門(カド)と東安庭との境にある蝶ケ森(経ケ森)には、空堀が二重…