山猫の山ある記

中世山城や古建築など、巡り歩いた情報を発信します。当面の間、過去の訪問先の情報が主になりますが、近い年月日の情報も随時発表していきます。

青森県八戸市 史跡根城跡(2017年・2018年)

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 根城南部氏と根城

 東北地方の南部氏といえば、江戸時代の盛岡藩主の南部氏を思い浮かべますが、盛岡南部氏は戦国時代の南部氏一族の三戸南部氏(さんのへなんぶし)を継承する形で成立した家です。元々甲斐の国(山梨県)南部郷を出自とする南部氏は、武田氏、秋山氏、小笠原氏と祖先を同じくする甲斐源氏であり、鎌倉時代末期ごろまでに奥州に所領を持つようになりました。鎌倉幕府滅亡後、建武政権の国代として南部師行が糠部(ぬかのぶ:現在の岩手県北部から青森県東部)の八戸に入りました。師行の子孫は八戸の根城を拠点とし、南北朝室町時代中期にかけて、糠部を代表する領主として、八戸氏を名乗っていました。中世の八戸氏は江戸時代八戸藩主の南部氏と混同しやすいため、根城南部氏と呼ばれています。戦国時代後半の16世紀に入ると、根城南部氏よりも三戸南部氏や九戸氏が大きく台頭しましたが、根城南部氏は江戸時代の寛永⒋年(1627)に遠野へ領地替えとなるまで、根城を居城としておりました。青森県八戸に所在する根城跡は国史跡に指定されており、長年の発掘調査で解明された本丸の主殿や竪穴建物、厩、門などの遺構が復元整備されて、戦国時代糠部の拠点城館を体感しながら学ぶことができる史跡になっています。

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 旧八戸城東門

 史跡根城の東側、八戸市博物館の前に移築された門です。江戸時代八戸城の東門で、根城から八戸城へ移築された門と伝えられているそうです。向かって右端の柱が風食が進んでいて、古い部材らしく思えました。この門を潜ると根城の跡に入ります。

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 根城の三番堀

 根城の一番東側の空堀で、博物館と根城東善寺館の間にあります。右側木立の向こう側に博物館があります。

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 根城跡の全体図(現地の案内板)

 馬淵川南岸の河岸段丘上に立地しています。西側を西ノ沢、東側にも沢が入り、全体としては南から北へ傾斜した台地に造られています。段丘崖添いの幾分高まりの地形に本丸、中館、東善寺館が並び、沢を活用した空堀で区画されています。東善寺は根城の祈祷を行っていた寺だそうです。南側の岡前館は南に行くほど高くなっており、外側を幅の広い三番堀で区画しています。南端の最も高いところには沢里館があります。本丸、中館、東善寺館の下には下町という城下町がありました。

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 根城の推定復元図(奥が東)                (現地の案内板)

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 中館の復元された建物

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 中館の空堀

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 中館にある本丸整備状況の模型(奥が南)

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 中館から見た本丸

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 中館から見た本丸建物

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 本丸大手の虎口

 中館西側の一段低い平場から空堀を橋で渡り、Y字形に二手に分かれて本丸へ登ります。画面奥は左手に進んだところの棟門、右手(写真右側)には二柱門が構えられています。

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 主殿

 

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 主殿

 

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 奥の建物は主殿、手前は常御殿を平面表示したもの、左手の茅葺き屋根は竪穴建物

 

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 囲炉裏のある詰の間

 

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 主殿広間での正月十一日の儀式 右列奥の人物が根城南部家当主、鎧武者は年男、居並ぶのは重臣たち。お膳は生大根や大豆など質素な戦陣食と濁り酒。

 

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 下厩

 

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 主殿南西側にある大型の竪穴建物

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 竪穴建物内部 甲冑や弓などの武具の修理を行う工房として復元されています。

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 本丸大手虎口近くの小型の竪穴建物

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 この中は味噌部屋でしょうか?

 

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 本丸西側の冠木門 

 

 見学を終えて

 南部氏の城を知るにはまずこの根城を見学すべきだと思いました。 

 江戸時代の城とは異なる戦国時代の城の復元は様々な困難があったと思いますが、関係者の発掘調査から調査報告書作成、復元の検討、史跡整備公開までに至る粘り強いお仕事ぶりが見えるようでした。

 本丸門を入ったところの受付では、職員の方が笑顔で迎えていただき、帰るときも笑顔で挨拶してくれて、本当に気持ちよく、充実した時間過すことができました。感謝です。